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2016-11-12

東京散歩の徒然(つれずれ)

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昨年の10月末に開催された、薩摩琵琶と現代音楽、舞踊を融合させたパフォーマンス

『伝統の身体・創造の呼吸〜薩摩琵琶とともに』

から一年となる先週末、そのメンバーから素敵なご招待を受けて東京での演奏会へ。
このところ私の故郷である鹿児島ではちょっとワサワサした出来事があり、少し心と気分の入れ替えもしてみたくて急遽上京を決めたのでした。

世界を舞台に駆け回る音楽家たちの演奏を聴くと、もうそれは久しぶりの『ショック』でした。

レトロフトという場所から、優れたアートや先進の音楽、豊かな農業、そして素晴らしい生き方をなさっておいでの人々のご紹介に日々努めていたつもりだったのに、東京との文化の質の差、厚みの差は圧倒的でした!

私は今回、リハーサルから出演者だけの打ち上げまでご一緒させていただきました。
そこで飛び交う「言葉」に、私は私が日々発する言語の浮薄さを痛感したのです。でも、カナダ、アメリカ、ドイツから集まったメンバーは、そんなど素人の私の感想などを、拙い英語の綾を読み取るように耳を傾けてくれました。

珠玉の芸術的時間・・・そんな時にふと、20代の自分を思い出しました。
あの頃の私は、故郷鹿児島で例えようもない寂しさを感じていました。
実績も経験も知識もなかったあの頃の私は、まわりの大人たちに納得させるだけの力量がなく、理想を求めるエネルギーは完全に行き場を失っていました。若かった私に、当時の故郷は行く手を阻む壁でした。

その苦境を救ってくれたのが、芸術だったのです。そしてイタリアへ渡って知った、自由な空気。

《芸術》がふだんの暮らしに融け込んだミラノでの日常。
学歴や出自よりもその人の《感性》をきちんと見てくれる大人な社会。
人の話を最後までキチンと聴いて論証してくれる《対話》重視の世界。

もうここまで書いていて、自分がまた愚痴っていることに気がつきました。
鹿児島は、個々の感性や対話ではなく、指揮系統の強固さのみがどうしても目につきます。
目前にせまった鹿児島銀行旧本館の解体の痛みが、ずっと私のこゝろの小さな棘となっているのです。

立場が上の人へは違う考えを述べてはならない・・・時代がくだっても幕末明治と変わらぬ21世紀の鹿児島独特の礼節におおいに落胆している今の私です。

自由を土台に、芸術も経済も栄える鹿児島の達成まで、もうあと100年くらいかかるかな。

↓ 東京で滞在したホテルはその広大な敷地内に、昭和の建築界の巨匠・村野藤吾のデザインが守られ、さらには明治末からの西洋館も見事に保存活用されていました。この差はやはり・・・廃仏毀釈で過去のすべてを捨て去った鹿児島の限界なのかも。(順に恵庵(茶室)、新高輪プリンスホテル客室棟、高輪プリンスホテル貴賓館)
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