笹井宏之の世界〜「朗読と音」
笹井宏之の「ひとさらい」などという聞き慣れぬ歌人、不思議な名の歌集を、シリーズ「朗読と音」にかけようと妻が言い出したのは、どれくらい前のことでしたか。
妻はすでに「音」はギターの濱田貴志さんにと思い定めていた様子で、
ただ、朗読者のメドは白紙状態でした。
何ごとにも無知でニュートラルすぎるレトロフトは、こういう時、思いがけない行動をおこします。
「梅さんに朗読を打診してみよう・・・」
梅さんとは、レトロフト内のホットドッグ店ハナノキファームラボにバイトに来てくださる、大学で心理学を学ぶの梅原大暉(うめはら・たいき)さんのこと。
二十代で惜しくも世を去った笹井と同じ年代の「声」に歌集を読んでほしい・・・・そうした妻の純な願いからの白羽の矢でした。
思いがけず梅さんは快諾。そして濱田さんも。
果たして、初回の音合わせでその清純な朗読と音を聴いた私たちは、
彼らがもうすでに完璧に笹井の世界をその身体に取り込んでいるのに驚いたのです。
儚く、いつ消えても不思議ではない梅原さんの、淡い澄んだ色調での朗読。
初回のディレクションを忘れるほどに私たちは聴き入ったのでした。
「声」を脇で音で支えてくださるのがベテランの濱田さん。
添える音としてやさしく消え入るようなタッチで爪弾いてくださったのは、
「順天堂ピース」
とよばれるギター小品集でした。
作曲者佐藤弘和が順天堂大学付属病院での闘病の日々に、1日に1ページずつ、魂の最後の記憶を残すかのようにして生み出されたメロディーなのでした。
真っさらの白いキャンパスに立ち上がり始めた「朗読と音」〜笹井宏之 歌集「ひとさらい」
演奏会当日の動画はありませんので、直前リハーサルの際の朗読と音の風景、どうぞこちらでご覧ください。
ふたつとない独自の朗読世界を提供できたと思います。
それに、素敵な化学反応から誕生したアーティストDuoを世に送り出すことのできた満足感に、危い橋を歩んできた私たちは、公演終了後の休日にそれまでの日々を、暖かく懐かしがったのです。