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静かに伝える、薩摩とアラビア

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毎年、冬の始まりに開催されているAsh Satsuma Design & Craft Fairも回を重ねて、今年で9回目。

かごしまのデザインとクラフトをちょっとした街歩きとともに楽しめる、感度ばっちりのデザイナーズウィークです。

レトロフトで皆様にご紹介している《アラビアの音・薩摩の音》の展示もそろそろ中盤です。
ダルブッカという耳慣れない響きの中東の打楽器が、思いがけず《薩摩焼》《首折れサバの皮》《屋久シカの皮》などという意外な鹿児島素材から、実はしっくりとこの地にも根付きつつあるのをご理解いただけることでしょう。

会場では約20分のビデオを常時ご覧いただけます。その冒頭、タイトルとして浮かび上がる

「made in Kagoshima」

の文字には、キシタケンヤさんの深い思いが込められています。
アラビアにも、音楽にも、焼き物にも興味がなくても・・・・きっと風土とアートという視点には、皆様のこゝろにもきっと何かをキャッチしていただけそうです。

【ライブのご案内】
展示も終盤となる今週土曜日の夜(2016年12月3日・午後7時30分スタート)、キシタケンヤさんのトーク+演奏が開催されます。
アラビアの音階と旋律、そしてダラブッカの響きと表現の豊かさをどうぞレトロフトMuseoのこじんまりとしたホールでその世界にひと時、身を委ねてみてください。(会費1000円・申し込み不要です)

↓ 会場では常時、ビデオ映像を流しています。上映時間約20分です。キシタさん不在でもこの映像から、展示のすべては伝わる仕組みになっていますので、会場へはゆったりとご滞在ください。
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木下賢也「アラビアの音・薩摩の音」

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(ワタクシゴトですが・・・)

大学生だった頃、私はトルコ・アンカラ大学の建築学教授のご自宅に1週間ほど居候していたことがありました。
東京のある劇場で席が隣だったことからその女性教授とのご縁が始まり、でもその1年後までには私は首都アンカラに降り立っていたという無謀さ、なんたる若さよ。

私はなぜあんなにもトルコという国に惹かれていたのか、今となっては謎です。
ただ孤立無援でひとりポツネンと歩く異国で、日本の小ささに囚われていても仕方がないよという野放図さだけは、丁寧に教わったように感じています。

その時に巡ったカッパドキアや壮大なイスラム寺院、バザールの記憶は今ではほとんど消え去っていて、それでも今の私にしっかり刻まれている記憶は・・実は《音楽》、もっといったら旋律なのです。

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むせび泣くような、というと日本の演歌のように聴こえますがちょっと違うんです。うねるような「上りの旋律」「下りの旋律」がこゝろの襞に纏わり付くように寄り添ってくるのです、トルコの音楽・歌謡・リズムは。

さて今年のash satsuma design & craft fairでレトロフトが皆様にご紹介するのは木下賢也(きした・けんや)さん。

前置きが随分と長くなりましたが、
11月23日(祝)の午後2時から開催されるオープニングワークショップでは、木下さんから中近東の音階、楽器、そしてリズムについてのお話しが披露されます。

20代の私にトルコで、どうして音楽があんなにもこゝろに沁みたのか・・・その根底の理由が聞けることを個人的に実は楽しみにしているのです。

入場は無料なので是非ご参加ください(申し込み不要です)。

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※イラストは2年前にイスタンブール空港を経由してイタリアへ渡った際の私の機内スケッチと離陸する飛行機から見たイスタンブールの夜景↓ ↓です。

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「アラビアの音・薩摩の音」ash Satsuma Deign & Craft Fair 2016(9回目)

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「アラビアの音・薩摩の音」ash Satsuma Deign & Craft Fair 2016

2016年11月23日(水・祝)〜12月4日(日) 11:00-19:00  ※定休日11月28日(月曜)
会場 レトロフトMuseo  鹿児島市名山町2−1       電話 099-223-5066

【ご案内】
中近東の打楽器Darbukaは、金属製あるいは陶器でできた胴に動物や魚の皮などを張るものが伝統的。ところがこの楽器が《薩摩焼》と出会い、白薩摩&黒薩摩に皮は南シナ海で穫れた首折れサバ・真鯛・屋久島の鹿皮を使った『薩摩のダルブッカ』が、演奏家&製作者・木下賢也の手により誕生しました。
製作過程や楽器の歴史、アラビアの音階などもわかりやすく繙きながら、そのユニークな活動にも光を当てます。

☆11月23日 14時からは製作者&演奏家の木下賢也氏の解説で実際の音とリズムを体験いただけます

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あちこちのアーティストたちの評判を聞きつけて、西へ東へ海外へと東奔西走。
それは私たちギャラリストの常なのですが、意外にも「直近」を見過ごしていることがあります。

例えばレトロフトの地下ブースから終業後にしばしば聞こえて来る打楽器のリズム。木下賢也(きした けんや)氏指導のダルブッカ教室の音色は、もうレトロフトではもうごくごく日常の風景となっていました。

でも、最近のこの人の活動は日に日に肉厚になりつつある、と感じていました。演奏活動エリアも全国に広がっていていき、話題となる頻度が右肩上がりだったのです。
今さらながらハッとそのことに思い至り、私たちは急ぎ、吹上町にある彼の2つのアトリエを順番に訪ねたのです。

吹上浜に望む松林の中、アトリエで「ものづくり」を語る木下賢也氏。作品を見せてくださり、その何からなにまでを魔法のような自身の手で純粋に作り上げていることに圧倒されました。

そして絶えざる好奇心と。

やはり並外れた「発想」と素晴らしい「手」そして「音楽」の主でした。
彼は建築家でもあるということが当初ピンときてなかったのですが、アトリエを巡るうちにその謎も氷解。ものづくりとしての血筋としかいいようのないパッションが溢れていたのです。

アッシュの期間中、ダルブッカの魅力もさることながら、キシタケンヤ氏そのものの魅力、薩摩焼という素材を中近東の音楽にまで融合させたそのユニークな過程をも全部ご紹介いたします。

木下氏を十分に知っておいでのかたでもきっと、皆さんもビックリなさいますよ。

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2016-11-12 | Blog, 日々のできごと

東京散歩の徒然(つれずれ)

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昨年の10月末に開催された、薩摩琵琶と現代音楽、舞踊を融合させたパフォーマンス

『伝統の身体・創造の呼吸〜薩摩琵琶とともに』

から一年となる先週末、そのメンバーから素敵なご招待を受けて東京での演奏会へ。
このところ私の故郷である鹿児島ではちょっとワサワサした出来事があり、少し心と気分の入れ替えもしてみたくて急遽上京を決めたのでした。

世界を舞台に駆け回る音楽家たちの演奏を聴くと、もうそれは久しぶりの『ショック』でした。

レトロフトという場所から、優れたアートや先進の音楽、豊かな農業、そして素晴らしい生き方をなさっておいでの人々のご紹介に日々努めていたつもりだったのに、東京との文化の質の差、厚みの差は圧倒的でした!

私は今回、リハーサルから出演者だけの打ち上げまでご一緒させていただきました。
そこで飛び交う「言葉」に、私は私が日々発する言語の浮薄さを痛感したのです。でも、カナダ、アメリカ、ドイツから集まったメンバーは、そんなど素人の私の感想などを、拙い英語の綾を読み取るように耳を傾けてくれました。

珠玉の芸術的時間・・・そんな時にふと、20代の自分を思い出しました。
あの頃の私は、故郷鹿児島で例えようもない寂しさを感じていました。
実績も経験も知識もなかったあの頃の私は、まわりの大人たちに納得させるだけの力量がなく、理想を求めるエネルギーは完全に行き場を失っていました。若かった私に、当時の故郷は行く手を阻む壁でした。

その苦境を救ってくれたのが、芸術だったのです。そしてイタリアへ渡って知った、自由な空気。

《芸術》がふだんの暮らしに融け込んだミラノでの日常。
学歴や出自よりもその人の《感性》をきちんと見てくれる大人な社会。
人の話を最後までキチンと聴いて論証してくれる《対話》重視の世界。

もうここまで書いていて、自分がまた愚痴っていることに気がつきました。
鹿児島は、個々の感性や対話ではなく、指揮系統の強固さのみがどうしても目につきます。
目前にせまった鹿児島銀行旧本館の解体の痛みが、ずっと私のこゝろの小さな棘となっているのです。

立場が上の人へは違う考えを述べてはならない・・・時代がくだっても幕末明治と変わらぬ21世紀の鹿児島独特の礼節におおいに落胆している今の私です。

自由を土台に、芸術も経済も栄える鹿児島の達成まで、もうあと100年くらいかかるかな。

↓ 東京で滞在したホテルはその広大な敷地内に、昭和の建築界の巨匠・村野藤吾のデザインが守られ、さらには明治末からの西洋館も見事に保存活用されていました。この差はやはり・・・廃仏毀釈で過去のすべてを捨て去った鹿児島の限界なのかも。(順に恵庵(茶室)、新高輪プリンスホテル客室棟、高輪プリンスホテル貴賓館)
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2016-11-04 | Blog, 日々のできごと

鹿銀旧本館イルミネーションツアー(11月4日金曜日夕刻)

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今年の二月、ベネチア誕生の物語を知りたくて旅したベネチア。
この街の由緒ある家に生まれ育った建築家に導かれながらの街歩きは、私の一生のなかでも珠玉の「知」の時となりました。

路地を歩き、美術館を訪ね、近隣の島にまでも足を延ばしてみてふと気がついたのは、意外にも「ベネチアのコンプレッックス(劣等感)」でした。

イタリアの諸都市が古代ローマや中世の教会、城に彩られて街が成り立っているというのに、ベネチアは9世紀からの歴史しかない。
(鹿児島よりずっと若い!)
それだからかこの街は、歴史的建造物にこだわります。

例えばこの有名なリアルト橋のコンペでベネチアの評議会は、後期ルネッサンスの巨匠パラーディオの設計案を落選させたりしています。
彼のプランが採用されていたら、私たちは今、違う風景を眺めていたわけです。パラーディオの案が外された理由は・・・・当時としては《新し過ぎた》から。

伝統や歴史は都市を繁栄させる「宝」と考え、ベネチアは戦略的に歴史で街を彩ってきました。

さて、鹿児島。
鹿児島はベネチアより古い歴史をもちながら、同じパラーディオの流れを汲む名建築はまもなく産業廃棄物となります。

一方、当時は斬新過ぎたパラーディオは、その後世界中に伝播し『西洋建築史の伝説』となりました。
大正時代の山形屋百貨店や現鹿児島銀行の旧館は、
鹿児島が西洋建築に学んだ、その生きた証しでした。

でももう、お別れかもしれません。
せっかく手中にある美しい記憶を、不本意なのですが私たちの街は葬り去ろうとしています。

今晩6時半にレトロフトへお集りください
砂田光紀さんのミニセミナーとその後懐中電灯を持っての見学会を開催致します。

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薩摩川内の豊かさ《レトロフト金曜市》+エドニーさんのパン!

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今週金曜日に開催の《レトロフト金曜市》は、またまた頼もしいニューフェイスお二人のご登壇です(+パンのエドニーさんも!)。

「フレンチレストランのシェフが飛びつきそうな」稀少野菜を薩摩川内の冷涼な高地で育てている西 勇輝さん(上画像)。
前日には「市」に並ぶお野菜のリストがお伝えできるかもしれません。ヨーロッパの街の市場でしか名前を聞かないような野菜が、まさか鹿児島の川内で育てられていたとは。。。。!

写真でおわかりのように、除草剤とかで無理やり雑草を押さえ込んでいるような畑ではありません。ヤギを3匹飼い草を抑え、現代の多様な食卓に必要な野菜や米を少量多品種で育てています。食のプロが見たら垂涎ものの野菜。ぜひ、その料理法など西青年に尋ねながら新しい食卓をお楽しみください。

もうおひとかたは、同じく薩摩川内市の若き花の生産者、杉野孝次さん。シクラメンやパンジー、ビオラが生産のメインなのですが、レトロフトが杉野さんにお声がけした理由は別にあります。。。それは、、「巷にあふれている強過ぎる色彩は除外して、微妙な中間色のビオラ、そしてパンジー・・・・それだけを持って来て販売してほしい」でした。

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その要望を聞いた途端、杉野さんもこれまで抑えていたものを一気に吐露するように語り出しました。

現在の市場ニーズは(不景気であるからか)ますます画一的で一方的な要望ばかり、だそうです。、、、売れ筋から順に作らざるを得ない生産者としてのジレンマ。特に大手のDIYや公共工事からの要求はいまだに強い黄色、青、真っ赤、強いピンク。

私の手もとにある、英国で出版されたアンドリュー・ローソン著『COLOR』という本の一ページで例えばビオラの「青」を繙いてみると、なるほど春を告げるムスカリに添わせるビオラ、あるいは冬の庭を彩るブルー系のギボウシに合わせるビオラ、、、と、濃いブルーから淡いブルーまで様々に色を使い分けています。

確かにこれまで私たちは、公共工事の公園や街の花壇に植えられすぎたショッキングな青や黄色や真っ赤な冬の花々に圧倒され、疲れ果てていたのです。
だからこそ、、、いたんですねえ、こういう繊細な感覚をもった生産者が。そのことがものすごく嬉しいのです!

※11月4日(金)のレトロフト金曜市は11時〜だいたい夕刻まで(売切れ次第店じまいです)。

↓ 食べる花(オクラ)。西勇輝さんの畑で。
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↓ 杉野農園を訪ねたときはまだ暑かったので、11月になったらより多彩な品揃えが。。
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それと私のうっかりで(!)最初のご案内からは抜けてました。エドニーさんのパンも並びます。

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1日だけの手芸屋さん

11月1日(火)から6日(日)まで開催の大家典子展覧会「WOOL PARADE」にあわせて、5日土曜日には素敵なマルシェも開催が決まりました。

《1日だけの手芸屋さん/メルスリーマルシェ》
2016年
11月5日(土曜日)11時〜17時 レトロフト1階リゼット広場にて

↓ ↓ マルシェに参加の方々からのご案内をいくつかご紹介しますね。さらに詳しくはコチラをご覧ください。

**イタリアでフランスで出会った布たち、サイズもまちまちですが、ハギレの計り売りもあります。
気に入りを是非見つけて下さい。イタリアの布は紋織りが多く無地にみえますが、黄色の布はリボンきみどりはフルーツ柄です。光の当たり方で浮き出る美しさがありバッグの裏地などにすると、すごくオシャレです。(永井友美恵/レトロフト・染織家)

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**リボン、糸、レース、ビーズ、など掘り出し物を探しに来てくださいね。
簡単なアクセサリーの修理や、リメイクなど、できる範囲で承ります。(斉野利恵さんより)
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**布、ボタン、糸、ビーズ、レース、リボン、アクセサリーパーツ等を並べます。
その場での簡単な講座、リメイクやお直しなどのご相談にも乗りますよ。(松山千鶴子さんより)

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大家典子(おおいえ のりこ) 展覧会 「WOOL

ようやく「秋」の見えてきたかごしまに、北海道からの使者が。
明日、11月1日(火曜日)からレトロフトMuseoにて。(〜11/6日曜日午後3時まで)

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はじめまして。
札幌のアーティスト大家典子です。

3年前に山形屋デパートでの北海道展に初めて出展させて頂き、鹿児島の方々や食事や文化に触れ、鹿児島ファンになりました。
嬉しいご縁を頂き、展覧会を開催させて頂く事になりました。

愛すべき素材の羊毛から生まれるモノ。

フェルト、ニット、に今年からはツィードが加わりました。
身の回りのドレスやストール、ミトン、ポーチ。

羊毛をたずさえて北国から南国へ紡いだハートウォーミングな世界をお楽しみください!

(以上はご本人よりのメッセージからでした)

大家 典子 展覧会 「WOOL PARADE

2016年11月1日(火)〜11月6日(日)
午前11時〜午後7時まで  (※最終日は午後3時までです)
入場無料

ooie noriko……札幌市在住 フェルト作家 カンテレ奏者

会場 レトロフトMuseo  鹿児島市名山町2−1 レトロフト千歳ビル2階  
お問い合わせ 099−223−6066

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鹿児島銀行旧本館

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100年の歴史を鹿児島の街に刻んだ名建築がこの11月に解体処分されることが昨日の地元紙の記事でも最終報告されました。

今日、2016年10月29日午前11時30分よりレトロフトにて、その文化的価値を多くの人々と共有しあうミニレクチャーと見学会があります。(講師はミュージアムプロデューサーの砂田光紀氏)

私の心には昨年の10月29日が去来していました。
丹下甲一元鹿児島県副知事が逝去されて、結果的には追悼のコンサートとなった「伝統の身体・創造の呼吸〜薩摩琵琶とともに」の開催日が昨年の今日。薩摩琵琶の伝統を滅びさせてはいけない、、、、副知事職を辞し東京の総務省に戻られてから丹下氏は一昨年の秋、電話口で私にそう強い口調で語り、そして現代音楽とのセッションという前代未聞の演奏会開催までの諸事を私に託されたのでした。

薩摩琵琶の「伝統の存続」を見据えた元・副知事構想による演奏会の実現、
鹿児島銀行旧本館の建築としての価値を訴える見学会の日と重なったことが、偶然とは私には思えないのです。

・・・・・・・・・・・

建築全ての廃棄が決定した今、もう隠す必要もなくなりました。

実はレトロフト有志による、鹿銀旧本館装飾石材の救出というプロジェクトが水面下で進行していました。(いよいよ解体が避けられないと思われたこの10月初旬からのスタートでしたので、如何せん開始が遅過ぎたのが悔まれます)

昨年の薩摩琵琶とのメモリアルコンサートの運営のことで、私はわずかに鹿児島銀行首脳陣との細いパイプがありました。というのは、大きな金額の助成金をその財団から頂いたのです。

さらには、「表には出られないけど」と前置きしながら鹿銀トップと私を強固につないでくれる医療・経済界の有力者も私の近くにいてくださいました。

昨年受けた金銭的助成を・・・・金額としてはほぼ同額、昨年の恩義そのままに私が同額の資金を、石材救出のために拠出することにしていました。
価値ある最低限の石材だけを解体前の銀行本体から切り離し、クレーンでおろし、そのまま大隅・花の木農場の敷地内に期限を決めずに保管する。

そしていつかは未来の鹿児島銀行に「無償で返還する」、それが内々に私たちの取り決めた約款でした。
それらは完全に水面下でのプロジェクトでした。

hananokifarmLab(白鳩会花の木農場)の中村隆一郎氏と私の二人が発起人でした。
そこに鹿児島銀行側は、当初3人の専任スタッフをあてがってくださいました。うち二人は一級建築士の資格もお持ちでした。

さらには、
旧鹿児島県庁本館の曳き家(ひきや)工事でも経験をつまれた株式会社大城の大城仁氏も協力くださり、徹夜でその工事計画書を作成し鹿銀側に提示し、私たちは11月中旬に「最低でも屋上にあるエンブレム+(可能なら列柱まで!)」を、本格解体工事の直前に独自の作業員で救出する手はずまで、合意を得られていたのです。大城氏の陣頭指揮での工事に。

・・・・わかりやすく言うと、「捨てるならくれろ」。多少荒っぽい言い方ではありますが、保存論で攻めるより可能な限りの《緊急救出》を自己資金で果たそう、そして数十年後に鹿児島銀行の人々が失ったものの価値に気付いた近未来には無償で返還しよう・・・・それが私たちの作戦でした。

ところが事態は思いがけず断ち切られました。
10月14日に突然鹿児島銀行に招かれた私は、そのプロジェクトの中止を告げられました。

その本当の理由は、詳しくは説明はありませんでした。
ただ、その鹿児島銀行の担当者の苦しげな表情からその苦渋の背景を察するしか手はありませんでした。それは・・・作業員の安全が確保できないことへの、鹿銀側の判断でした。

本来の解体チームと違う系列の、私が手配した作業員が、解体という最も危険な作業時期にほんの2〜3日間だけでも参入することの違和感、そして解体中に発生するであろう粉塵その他の有害な素材への危惧。。。

さて、お話が長くなりました。
市民に愛された文化財ともいえる建築が、まもなくこの場所から跡形もなく消え、ごくごく近代的なビルに変貌します。
もっと美しい手段があったのではないかと、、、ただただ悔やまれるのです。

↓ 戦後に建てられたザビエル聖堂は一時期、解体された建築材はここ花の木農場の敷地内に保管され、その後福岡県宗像市に再建されました。現在も、明治期にあったザビエル初代聖堂の石材は同じく花の木農場で守られています。
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竹下宗一郎 写真展「幻下」

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しばらく賑やかな領域にいると、、、(といってもそれは芸術祭見学の旅に出たり解体される文化的建築に心痛めたり、そんな日々のことなのですが)ふと、この観客が誰もいない展覧会場にひとりで佇むことができたりすると、無性にそのことがありがたかったりします。

竹下宗一郎さんの写真展が日曜日までの開催です。
少しだけ雨もよいの今日、金曜日、
週末にはいる前の、ちょっとだけいい時間となるかもしれません。

どうぞ足をお運びください。→詳細はコチラを

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